



仏教とは
Buddhism
仏教とはすなわち「仏に成る」教え。
仏教は、2500年ほど前にインドのお釈迦さまを開祖として説かれた教えです。
生きていることは苦しみであると苦悩したお釈迦さまは、永遠に苦しみが続く輪廻の世界から解脱するために、世俗の世界を離れて、私たちの業の源である煩悩を消し去るための厳しい修行をされたのでした。そしてついに悟りを開かれ、「仏」(目覚めた人)となられました。
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お釈迦さまが悟られたのは、縁起や諸行無常・諸法無我という、この世のありのままの真実でありました。
「縁起」とは、すべてのものごとは無数の因や縁によって生まれ、常に関わりあって存在しているということです。そしてあらゆるものは変化してやまない(諸行無常)、いかなる存在も不変の本質を有しない(諸法無我)、迷妄の消えた悟りの境地は静やかな安らぎの境地である(涅槃寂静)、この世のすべては苦である(一切皆苦)と説きました。仏教ではこの世を無常であり、無我であり、苦であるととらえます。そしてこのような状況を離れて静やかな涅槃を目指すこと、すなわち仏と成ることが最終目的として説かれています。
では、言語も風土も異なるインドで生まれた釈迦の仏教が、2500年もの年月を経て消えることなく、今日私たち日本人の生活に溶け込んでいるのはなぜでしょう。そこにはひとりひとりの苦悩に応じて包み込むようにすそ野を広げていった仏教の多様性があります。
お釈迦さまの教えは、医者が病人に応じて薬を与える(応病与薬)ように、苦悩した多くの人々それぞれの能力や状況などに応じて説かれ(対機説法)、その教えは多様なものとなりました。
釈迦入滅後、ひとつの教えが様々に枝分かれしながらも、それぞれが否定することなく共存していたことが、仏教が世界的に拡大していった理由のひとつでもあります。
お釈迦さまが入滅して100年ほど後、仏教に帰依したアショカー王の治世に、仏教がインド全土に拡大した転機が訪れます。
仏教教団は解釈をめぐって保守的な「上座仏教」と、進歩的な「大衆部」とに分かれ、仏教世界が20ほどの部派に分かれました。それは分離対立したのではなく、グループを名乗りながらもお互いを認め合う分岐社会ができたのです。
そして、様々な環境で暮らす人の状況や立場に合ったものを選ぶことのできる、選択肢の多い宗教と変わっていきました。
部派仏教の隆興からまた何百年か経つと、悟りの道を出家者だけでなく、在家者に対しても広く開いていきたいという志向の高まりもあり、新たな仏教が生み出され、後に大乗仏教と呼ばれる大きな潮流が起こります。仏と成る道が誰にでも開かれるようになったのです。
なかでも龍樹(ナーガールジュナ)は『中論』『大智度論』『十住毘婆沙論』などを著し、空の思想を確立するなど、その後の大乗仏教に多大な影響を与えました。
親鸞聖人は『十住毘婆沙論』「易行品」の偈文をよりどころとされ、『正信偈』の中で「龍樹大士出於世 悉能摧破有無見 悉能摧破有無見 宣説大乗無上法 證歓喜地生安楽」(南天竺に龍樹大士世に出でて、ことごとくよく有無の見を摧破せん。大乗無上の法を宣説し、歓喜地を証して安楽に生ぜんと。)と龍樹菩薩を七高僧の第一としてかかげ、その功績を讃嘆されています。親鸞聖人の教えの根幹には龍樹菩薩の影響が多大にありました。
インドで生まれた仏教は、その後、アジアを中心に世界各地に広がりました。言語や文化の異なった各地でその国の言葉に翻訳され、さらに独自の展開をしていき、その結果、実にさまざまな姿をした仏教が各地にみられるようになりました。
しかし、様々な解釈を持って世界中に広がった仏教は、それぞれがまったく別のものではなく、仏教の根本となる教えが根幹となっています。
